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札幌地方裁判所 昭和54年(ワ)575号 判決

原告

株式会社草別組

右代表者

草別義昭

右訴訟代理人

橋本昭夫

外二名

被告

日本生命保険相互会社

右代表者

弘世現

右訴訟代理人

三宅一夫

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一1  原告が、昭和五三年八月二八日、被告に対し、原告会社の社員である黒沢貞志を被保険者、原告を保険金受取人とする、本件生命保険契約締結の申込をしたこと、原告は、右同日、被告に対し、本件生命保険契約の第一回保険料に相当する金額である五九四四円を支払つたこと、本件生命保険契約は、被保険者につき身体検査等の医的診査を行うことを要する、いわゆる医師扱い(但し、普通団体診査方式による。)の保険であつたところ、原告は、昭和五三年九月一三日に行われた団体診査の際、黒沢につき、いまだ右診査に必要な資料(定期健康診断個人票等)を作成していなかつたこと、被告会社の担当社員が、右同日、診査に立会つた原告会社の社員に対して、黒沢の健康診断書を準備して被告会社に提出するようにとの指示をしたこと、右指示があつたにも拘らず、原告会社から被告会社に黒沢の健康診断書が提出されないまま、黒沢は、同年九月一八日、交通事故に遭い、翌一九日、脳幹部損傷等により死亡したこと、原告が、同年一〇月二八日、被告から、前記第一回保険料相当額の返還を受けたこと、以上の事実についてはいずれも当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件生命保険契約のうち、主契約であるところの利益配当付養老生命保険及び利益配当付定期保険の各約款の第七条には、「1会社は、つぎの時から保険契約上の責任を負います。(1)保険契約の申込を承諾した後に第一回保険料を受け取つた場合   第一回保険料を受け取つた時(2)第一回保険料相当額を受け取つた後に保険契約の申込を承諾した場合   第一回保険料相当額を受け取つた時(告知前に受け取つた場合には、告知の時) 2前項の会社の責任開始の日を契約日とし、保険期間はその日を含めて計算します。 3会社が保険契約の申込を承諾した場合には、書面により通知します。ただし、保険証券を発行することにより承諾通知に代えることがあります。」旨規定されている。

(二)  本件生命保険契約は、もともと、原告が、黒沢ら従業員二四名を被保険者とし、原告会社を保険金受取人として、被告に対して申込をした生命保険契約の一部であつて(この点については争いがない。)、原告は、被告に対して、右生命保険契約の第一回保険料相当額を一括して(総額一二万〇六一一円)支払つたのであるが、その支払と引き換えに、原告が被告から交付を受けた受領証(乙第二号証)の表題部には「事業保険扱第一回保険料充当金領収証」との記載があり、その表面には「1表記金額は保険契約が成立した場合、その保険料に充当するため、次の条件で領収したものです。(1)会社がお申込を承諾したときは表記金額を領収した時〔ただし被保険者の告知前に領収した場合は告知の時〕から契約上の責任を負います。この場合には、この領収証を第一回保険料領収証に代え改めて領収証は発行いたしません。(2)会社がお申込通りの条件で承諾いたしかねる場合に、条件を変更することにご同意を得られないかまたは遺憾ながらお断りするときは、この領収証と引き換えに表記金額をお返しします。この場合利息はおつけいたしません。」との記載があつた。

二1  原告は、本件生命保険契約は、第一回保険料相当額支払時に、既に、被告が被保険者につき保険可能体でないことを確認することを解除条件として、成立している旨主張する。

しかしながら、本件生命保険契約の約款(乙第一号証)の全体を検討してみても、原告主張の如く、第一回保険料相当額支払時ないし保険契約申込の段階で保険契約が既に成立し、保険者が被保険者につき保険適格性がないことを確認しない限り契約は有効に存続するものである旨を明らかにした条項はどこにも見当らないのみならず(もつとも、前記のとおり、本件生命保険契約中主契約の約款には、保険者が第一回保険料相当額を受領した日をもつて契約日とする旨の定め(第七条第一項第二号、第二項)があるが、右「契約日」なる文言は多分に便宜的に用いられた字句であつて、かかる字句があるからといつて、直ちに、第一回保険料相当額受領日を契約成立の日とする旨の合意をしたものであると解するのは、第一回保険料相当額の受領証の裏面の記載に照らしてみても、相当でなく、右の定めは、単に、実質上保険関係が開始する日がいつであるかを明らかにする趣旨を有するにすぎないものであると解するのが相当である。)約款の文言を暫く離れ実質的に考えるとしても、保険契約成立前に、保険者に対して、被保険者の保険適格性の審査の機会を与えることは、保険団体の共同準備財産の確保の必要上やむをえないことと考えられ、してみると、本件生命保険契約も、契約に関する一般理論に従い、申込と承諾とによつて成立する性質のものであつて、成立した場合には第一回保険料相当額受領時に遡つて保険者の責任が生ずることになるものであると解するのが相当である。したがつて、原告の前記主張は採用することができない。

2  原告は、更に、請求原因(二)(2)の如き事情があるので、被告には、信義則上、原告からの本件生命保険契約締結の申込を承諾すべき義務があると主張する。

一般に、保険者が保険契約者から保険契約の申込を受けて第一回保険料相当額も受領したという場合に、他に右申込を拒絶すべきなんら合理的理由がないにも拘らず、保険事故の発生のみを唯一の理由として、当該申込を拒絶することは、信義則上、許されないと解する余地があるが、前記のとおり、本件生命保険契約は医師扱いの保険であつたにも拘らず、原告が黒沢をして被告の医的診査を受けさせないままでいたところ黒沢が死亡してしまつたものであるということ、しかも右診査を受けなかつたことにつきやむをえない特段の事情の認められない本件において、被告が、原告からの本件生命保険契約締結の申込を承諾しなかつたことはなんら信義則に反するものではなく、その諾否は、なお契約自由の原則の範囲内のことであるということができる。

三以上のとおりであつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(高山浩平)

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